いいんちょさんのありゃあブログ

85年生まれ、おうし座、直毛によるブログ。今ここに、ポスト宮根誠司を目指すことを誓います。

まるでドキュメンタリーの緊張感 “異端であり正統”な震災映画『風の電話』

映画ノベライズ『風の電話』 (朝日文庫)

東日本大震災からもうすぐ9年が経とうとしているが、先週公開された『風の電話』は、異色の「震災映画」だ。

 

3.11で家族を失った女子高生・ハルが、叔母と暮らす広島・呉から、故郷の岩手・大槌までをヒッチハイクして帰るロードムービーである。道中でさまざまな人たちと出会い、ハルは、失っていた生きる意味を取り戻す。

 

印象的なのは、全編にまるでドキュメンタリーのような生の雰囲気が漂っていることだ。それもそのはず、メガホンをとった諏訪監督は「即興演出」という手法の使い手だそうで、ぼくは監督の映画は初体験だったが、基本的には台本がない、現場で即興で作られていく絵作りは、息を呑むような雰囲気を演出し、観客に、演者の言葉を1つも聞き逃せない緊張感を与える。

 

当然、演者にも負荷がかかり、力量が試されるこの手法だが、本作において特にインパクトがあるのは、震災で多大な被害を受けた福島出身の西田敏行。西田が演じているのは、福島に住む男性なのだが、軽妙に東北弁を操り、福島の扱いへの不満を述べる姿を見ていると、まるでそれは西田敏行なのか、西田が演じている男なのかがよく分からなくなってくる。

西田と同様にインパクトがあるのは、ハルと西島秀俊演じる元原発作業員が訪れる在日クルド人宅のシーン。出演しているのは、実在のクルド人の人々で、日本での苦労をとうとうと語る姿はドキュメンタリーのよう…ではなく、そこは本当にドキュメンタリーなのである。

また、こうした無茶な(?)な演出方法に柔軟に対応し、ヒロイン・ハルに息を吹き込むモトーラ世理奈のポテンシャルの高さにも舌を巻く。特にハルが、突然いなくなった家族と、家族を突然奪っていった津波に対して放つ怒りの咆哮は圧巻の一言で、痺れてしまった。

 
 
 
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フィクションとドキュメンタリー、本来交わらない2つのジャンルの間を架橋する本作。そうしたスタイルは、題材にも非常に合っている。そう思う理由は2つある。

1つ目は、これがロードムービーというジャンルであるためだ。ハルは道中、いろいろな場所に「寄り道」する。中でも、前述したような在日クルド人を尋ねるシーンは、本筋からかなり逸れ、すんなりとは飲み込みづらい。「俺は何を見せさせられているんだ」という気になってくるのだが、その「迷走」は、本作のドキュメンタリー性の部分を際さたせているし、いきあたりばったりの旅ってそういうものじゃんと思えてきて、かえってリアルである。

さらにもう1つ、本作が扱っている根底に、3.11という圧倒的な現実を扱っていることが大きい。

以前、園子温古谷実の『ヒミズ』を映画化した。その際、原作にはない震災を描写した件について、「仕方ないよね。あれだけ大きなことがあったんだから」と妙に納得してしまった記憶がある。

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そんな風に、震災は良くも悪くもクリエイティブにさえ多大な影響を与えた外傷的経験であり、それをまっさらな「フィクション」として人工的に再構築する方が不自然な行為に思えてくる。

フィクションであろうと、演者の姿の記録(ドキュメンタリー)なのだ。本作のメインキャストは、22歳のモトーラを含め、全員が大なり小なり震災を「経験」している。本作が、演者の身体に依拠する多大に「即興演出」という手段を通して「震災」を描くのは、アクロバティックなようでいて、実は正統な手段の気さえしてくる。

 

何はともあれ、今日は映画ファンが月で一番好きな1日、ファーストデーである。どれか1作観ておこうと思っていたとして、本作が候補にも入っていないとしたら、それはあまりにも惜しいことだ。