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【書評】父・金正日と私 金正男独占告白 / 五味洋治

父・金正日と私 金正男独占告白 (文春文庫)

父・金正日と私 金正男独占告白 (文春文庫)

先月、北朝鮮当局のものとみられる暗殺によって倒れた金正日の長男、金正男。日本ではディズニーランドに行きたいあまり偽造パスポートを使っちゃった正男(まさお)としておなじみ、緊張関係の続く北朝鮮において貴重なお笑い担当で、惜しむ声もたくさん聞こえています。本書は、正男とのコネクションを偶然得ることのできた記者が、彼と断続的に交わしたメールの往信をまとめた書簡集で、2012年に出版されたものの文庫版です。

北朝鮮の国内情勢や、タイトルにもなっている正男、正恩の父である金正日の人物像の一端がのぞけますが、それ以上に、本書から伝わってくるのはそれらを語る正男さんが本当に品のあるエリートなんだろうなということです。それは語る内容でなく、語り口が物語っている。

ただ、一番知りたかった「この正男という男はどういう人で、何を成し遂げたのか」というのは、結局わからずじまいでした。

本書を読む限り、正男さんは父親・正日に対して「三代世襲」に異を唱えたり、資本主義体制の導入を進言して失脚した、という見立てもできます。一応は。けど、正男さん本人は、そのことについて明確に認めていません。そもそも、そうした内政に対しての彼の「本気度」は、本書のメールを読むかぎりは伝わってこない。

だから正男さんが殺されてからここまで、日本でのやたら彼を持ち上げる雰囲気はどうも理解しにくい。

新橋の高架下のおでん屋を懐かしむなど、たぶん日本に悪感情はないっていうのはわかります。「悪人」ではなさそう。

でもだからと言ってそこまでの「善人」なのか。偽造パスポートを使って入国って、結構マズいことですよね? それを看過して、手放しに彼を持て囃すのはどうなのか。

たぶん正男さんは、欧州でリベラルな思想に接した親日家のエリートであるし、同時に、親の金と権力で好き勝手に生きていたドラ息子だったんだと思うんです。そのどちらか一方が真なのでなく、どちらも真なんじゃないでしょうか。いいか悪いかではありません。

正男は結局どんな人だったのか。その謎を抱いたまま、彼は鬼籍に入ってしまったのでした。