いいんちょさんのありゃあブログ

85年生まれ、おうし座、直毛によるブログ。今ここに、ポスト宮根誠司を目指すことを誓います。

【映画評】怒り

吉田修一による同名タイトルの小説の映画化です。

怒り(上) (中公文庫)

怒り(上) (中公文庫)

怒り(下) (中公文庫)

怒り(下) (中公文庫)


八王子で起きた夫婦惨殺事件。常軌を逸した現場状況、そして、血のりで怨念を塗りたくるかのようにデカデカと書かれた「怒」の字。

本作は、未解決の殺人事件をめぐり、別々の3つのストーリーを同時並列して語ってみせるオムニバスの形式をとっています。3つのストーリーは一度も交差することはないのですが、「犯人はどの話に出てくる誰なのか」という興味が持続するので、2時間強の作品ですがあまり退屈にはなりませんでした。

3つのストーリーに共通するのは、信頼、そして裏切りです。各ストーリーの視点人物3人は、それぞれひょんなきっかけで出会うことになる人物を怪しみながらも交流を重ね、次第に信頼していく。その3人のうち1人は「ババ」を引く=裏切られることになりますが、残りの2人はむしろ、相手を信頼できなかったという形で、それまで気づくことなかった自分自身のほの暗い感情に気づかされる=自分自身に裏切られる、というオチが付きます。なかなかきれいなストーリーです。

映画を観終わってみますと、真犯人の動機はちょっと弱すぎる気がしますし、どう考えても内面の描きこみが足りない気がする。結局あいつは何だったんだという「?」が残ってします。

けれどその一方、「怒り」という感情の考察として、よくできていると思うのです。観る前は、すごい漠然としたタイトルだなあと思ったわけですが、観終わったあとにしてみれば、なるほど確かに「怒り」が一番しっくりくる気がしてきます。冒頭で出てくる「怒り」とは、それはもう誰も擁護しきれない負の怒りです。誰かを傷つけることしかできない怒り。けれど、クライマックスで「怒り」は鮮やかに反転します。

人は取り返しの付かない何かを奪われることがある。どんなことをしても取り返せない、不平を訴えることすら叶わない状況に巻き込まれたとき。そのときたった一つだけ残された手段ーーそれが「怒り」だと思うのです。クライマックスでは、ある深い喪失をした人物が怒ってみせます。それは絶叫、いや、咆哮とさえ言えるものです。「怒り」が、決して癒えることない傷を負った魂への、せめてもの慰めとなるのではないか。その咆哮は、そのことを訴えかけているような気がします。