いいんちょさんのありゃあブログ

85年生まれ、おうし座、直毛によるブログ。今ここに、ポスト宮根誠司を目指すことを誓います。

あのころ、ぼくの前を走っていためちゃイケ

このごろ、「めちゃ²イケてるッ!」に関する話題を読むのがとてもかなしい。視聴率が悪いとか、内容がつまらないとか、様々な角度から罵倒されているけれど、一番のかなしいのはそれらについて特に反感を覚えなくなってしまった自分、でしょうか。
一昨日、久しぶりにそんな「めちゃイケ」を観ました。それは、2010年から同番組のレギュラーでいた三中元克が、指示されていたプロレス道場での修行を投げ出し、かねてより夢見ていたお笑い芸人の道を歩み出す、という内容でした。

番組による三中の扱いについて、ネットは荒れているようなのですが、それは特にどうでもいいのです。以前までの挑戦的な企画において叩かれるなら、まだ擁護したくなるような気持ちも起きるもの。けれど、いまの「めちゃイケ」にはそれも感じることができません。


思えば、「めちゃイケ」はぼくの子どものころの「テレビの夢」でした。岡村がSMAPのドーム公演に乱入する、常軌を逸したスケールの濱口のドッキリ、極楽の喧嘩などなど上げ出したらキリがない。それらを毎週楽しみにしている子どもでした。

めちゃイケ」のサブタイトルには「What A COOL we are!」とあります。事実、かつての「めちゃイケ」には、かっこよさもあった。代表例が、岡村です。踊れる岡村はカッコいいのに面白い、面白いのにカッコよかったのです。その両立は、先行する「ダウンタウンのごっつええ感じ」とも一味違いました。
テレビっ子だったぼくは、彼らの背中を見て育ったといっても過言ではありません。けれど、いつしか、彼らがぼくの前を走っているような気がしなくなった。彼らの「背中」を見ているような気がしなくなった。「めちゃイケ」を、そういうあこがれの目で見れなくなってきたのです。


原因は何なのか。ネットの台頭によって、企画のアラが瞬時に視聴者間で共有されるようになったから。それもあるでしょう。単純にぼく個人が(悪い意味で)成熟してしまったから。それもあるでしょう。

しかしそれだけが理由なら、「めちゃイケ」のみならずテレビ番組すべてがそうだということになります。
嬉しいのか悲しいのか、いまのぼくには「めちゃイケ」の他に「先を行っている」「尖っている」「新しいものを見せてくれている」と感じさせてくれる番組はある。ただ単に、「めちゃイケ」がその先頭集団から脱落していっただけのようが気がするのです。

思えばこの番組、今年の10月で20周年です。このあたりで見納めとなるのが、もしかしたら「潮時」というやつなのかもしれません。