いいんちょさんのありゃあブログ

85年生まれ、おうし座。今考えてることと、好きなこと、嫌いなことについて

【映画評】クイーン・オブ・ベルサイユ 大富豪の華麗なる転落

生前のマイケル・ジャクソンを映した貴重なドキュメンタリー番組を、日本では日テレが買いつけて放送していた。それを見たとき、ぼくはある発見をした――大金持ちというのはなんて面白い存在なのだ、と。
ぶっ飛んだ金の使い方、ぶっ飛んだ言動、それらはお金持ちであるからこそ許される、否、あまりにも多くの富を得てしまったゆえの狂気が成せる技である。


本作「クイーン・オブ・ベルサイユ」は、フランス・ベルサイユ宮殿風の大豪邸を、総工費100億円をかけてフロリダに建築してしまおうという大富豪夫妻を追ったドキュメンタリー。タイムシェア式リゾートで、一代にしてアメリカ有数の大富豪となったデヴィッド・シーゲルと、その妻で31歳年下の元ミスフロリダ、ジャクリーンの夫妻と、養子を含む8人の子どもたちが主人公だ。


デヴィッドはこの大豪邸についてなぜ建てるのかと問われ、「私には可能だったからだ」と語っている。
この一言が、いわゆる「成金」という人々が何とも言い難いセンスの珍妙なものにお金を湯水のごとく使う理由を、教えてくれているような気がする。彼らはそれがほしいのではない。きっと、手に入れることが可能だから、手にしているだけなのだ。


サブタイトルに「転落」とあるように、本作は豪邸完成までの順風満帆を映したわけではない。撮影前の2008年には例のリーマン・ショックが起こり、シーゲルの会社は倒産寸前の危機に陥る。何千億の不動産王から急転直下、何千億の借金王に。何千人もの従業員を解雇し、ラスベガスに建てた会社の象徴的リゾートビルは売りに出される。肝心の新居のベルサイユ完成も危うい大ピンチに陥る。

冒頭の数十分で悪趣味な大富豪ぶりを見せつけられた分、金融危機後に彼らがとんでもないビンボーを味わったり、夫婦の危機を迎えたりするのだろうと期待したが、そうでもない。
家政婦が3人にまで減った(まだ3人もいると言える)ことで家事が回らなくなり、ペットのトカゲが死んだり家中飼い犬のうんこだらけになったりはするが、それでも家族が崩壊するようなことはない。子ども達も、金銭感覚以外はみんな普通にいい子なのだ。


見直したのは、奥さんのジャクリーンである。絵に描いたような玉の輿ではあるが、生活が落ちぶれたあとも金策に奔走する夫を見捨てることなく、甲斐甲斐しく支える。借金まみれになってもバカみたいに買い物するバカセレブっぷりは全然共感できないが、基本的には「善き妻」としてあろうとする。
そんな妻から「謙虚」と評される夫は、その直後に「かつての地位を取り戻せるなら150歳まで生きてやる」と野望を語り、どこが謙虚やねんとはツッコまざるを得ないが、基本的には人のいい社長さんのようだ。この人の明確な罪は、ジョージ・ブッシュの大統領就任に貢献したことだろう。


何にしても、金額にしたらとんでもない落差を味わいながら、平然としている夫婦がすごい。お金持ちになるには、その落差を受け止められるほどの精神的タフさが必要なのだろう。
映画撮影後、紆余曲折を経て夫婦はもとの富豪の地位へと「華麗なる返り咲き」を果たしたようで、その点では舌打ちせざるを得ない。撮影時期が2009年とビミョーで、「転落後」の様を面白おかしく撮ってもらって、一山儲けてやろうという魂胆があったのかもしれない。そうだとすると、お金を払った鑑賞者は一杯食わされたことにもなる。それにしても、映画が撮影されたのは彼らが元金持ちだったから。
この現実が表しているのは「金はあるところに集まる」だけでなく、「金はかつてあったところにも集まる」ということだ。