いいんちょさんのありゃあブログ

85年生まれ、おうし座。今考えてることと、好きなこと、嫌いなことについて

【映画評】凶悪

先日の書評したノンフィクション小説『凶悪』。同名タイトルの本作は、事件を追う記者・藤井(山田孝之)を主人公にした映画化作品。リリー・フランキー、映画『アナ雪』のオラフこと電気グルーヴ・ピエール滝が共演。


元々がルポタージュなので、映画化するにあたって「死刑囚による誰も知らない殺人事件3件の告発」とその事件の内容などの重大事以外は、適宜アレンジが加えられている。たとえば、"先生"を告発するに至る動機について、実は原作のルポではやや納得しづらいところがあり、映画はそれをより直接的なものに改変することで、後述するようにピエール滝=死刑囚の須藤のキャラも相まって、腑に落ちるものになっている。また、ルポは時系列に進行していたが、映画ではショッキングな場面を前後に組み替えられている。
ほとんど増補に近いのは、原作においてほとんど設定がなかった一人称「私」=藤井についてだ。私生活に問題を抱えていた矢先、ひょんなきっかけから死刑囚と関わることになった藤井。最初は半信半疑だったが、ことが明らかになるにつれ、家庭をかえりみず、また編集長の方針にも背き、事件にのめり込んでいってしまう。事件の結末にちがいはあれど、このあたりの「ミイラ取りがミイラになる」感は『ゾディアック』に似ているかもしれない。編集長に一度は企画自体をボツにされたり、警察に無下にされかけたり、主人公の進行方向は変わらないのに原作にはなかった「障害」が設けられ、ああ、これが劇映画にするための脚色か、と勉強になった。


さて、この映画についてはリリー・フランキー演じる"先生"が怖いと持ち切りだが、期待したせいかそこまでではなかった。いや、怖くはないというより、相方の須藤を演じるピエール滝が、怖すぎたのだ。ちなみに、どちらもほぼ同時期に公開された『そして父になる』にも出演している。
もともと大柄な人ではあるが、この映画ではとくに彼の肉体の暴力性がありありと伝わってくる。原作にはあまりなかった性的な残虐性も加味され、冒頭からぶっ飛ばしている。それでいて、仲間思いで陽気な一面もある。例えるならば「ダークサイドに落ちたジャイアン」みたいな感じ。
原作には幾分あった知性的な部分は抑えられ、単細胞で扱いやすいキャラクターになっている。このことで、映画が改めて用意した「"先生"を告発する動機」=「"先生"にハメられた罠」がより腑に落ちるものとなっている。すばらしい。
彼が重んじる論理は単純明快で「仲間」(元ヤクザだが「兄弟」というより、「仲間」の方がニュアンスが近い)を裏切らぎってはならない――ただそれだけだ。この唯一無二の掟を「仲間」が破ったとき、おそろしい報復が待っている。漫画『ワンピース』の論理を思いっきり露悪的な方向に舵を切ったら、こうなりそうだ。リリー・フランキー演じる"先生"が「死の錬金術士」ならば、ピエール滝演じる須藤の一味は「死の麦わら海賊団」なのだ。
書評でもとりあげた須藤の内縁の妻(原作ではすでに別れていた)は、今作でも印象的。松岡依都美という女優が演じており、「カタギの女でない感」がバリバリ伝わってくる。それでいてヌメッとしたエロさのある「イイ女」である。普段の彼女を画像検索したら、全然印象がちがってびっくりした。
SR サイタマノラッパー』シリーズや『サウダージ』『NINIFUNI』などで既視感のある地方のロードサイドが舞台になり、ああ、これもその映画群に数えられるのかなぁと思ったが、よく考えたらあまり関係ない。"先生"も須藤も別に都市に憧れているわけでなく、そしてなにより、"先生"はどこであろうと人の死でお金を稼ぐし、須藤はどこであろうと人をぶっ飛ばすはずなのだ。

そんなこんなで、初見の鑑賞者も、原作ファンも、十二分に楽しめるサスペンススリラーになっているのでお勧めである。

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