いいんちょさんのありゃあブログ

85年生まれ、おうし座。今考えてることと、好きなこと、嫌いなことについて

【映画評】障害者が連続殺人鬼を演じる「おそいひと」

おそいひと [DVD]

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内容(「キネマ旬報社」データベースより)
重度の脳性麻痺を持つ住田雅清が本名で主演し、障害者が殺人を犯すショッキングなストーリーで話題となった問題作。住田の下に卒業論文のために介護を経験したいという女性が現れる。彼は次第に狂気に身を委ね始め…。監督は『NN-891102』の柴田剛。

おくりびと、ではなくおそいひと。海外でのタイトルは「Late Bloomer」で、「大器晩成型の人」という意味。
これを観た人は十中八九、「障害者が出ている」とこの映画を紹介するのではないだろうか。この映画の根幹をなすのは、重度の脳性麻痺をもつ住田雅清が主演しているということだろう。
実際、もっとも強く印象に残るのは、やはり住田の物質としての存在感である。言葉ではうまく表現できないが、住田の演技にゾワっと毛が逆立つようななにかがあることは間違いない。撮り方においても、電動車いすを常用する彼のような人物を、健常の人間は普通見おろす角度から見ることになるが、DVDのジャケ写のようにこの映画はあえてそこを下から舐めるように撮っており、それも印象的。


で、なぜこの映画は撮られたのか、そしてなぜ住田はこの映画に出演したのか。それについては、彼の「阪神障害者解放センター事務局長」という肩書と、彼自身による聡明なインタビュー文章(彼には言語障害があり、すべて筆談で行われたそう)を引いた方が話が早いだろう。

ストーリーについては、今までの障害者が出ている映画はドキュメンタリーも含めて、お涙ちょうだいか頑張る障害者像を描いている映画ばかりで、私はそういう描き方にすごく違和感と反発を感じていました。実際の障害者の実像はそんなに美しくないし、ドロドロしたものだから、連続殺人は極端かもしれませんが、障害者の中にも頑張らない者もいるし、大酒飲みもスケベエもいるし、詐欺師も泥棒もいます。そのことをこの映画は連続殺人という極端な表現で描いていると思います。

X51.ORG : 脳性マヒの殺人鬼 -- 『おそいひと』主演・住田雅清インタビュー

ベストセラーにもなった著作『セックスボランティア』などと共通するのは、障害者を聖人のように祀り上げる風潮への強い違和だ。障害者だって性欲はあるし、障害者だって嫉妬し、殺意を持つことだったありうる。劇中、女子大生が自分の動画に浸る住田を目撃して、彼に「障害者だからって一緒やろ!」と凄むシーンは、それを物語る。

先のインタビュー記事によると東京での初公開時、この映画には「『障害者に対する偏見や誤解を与える』、『差別を助長する』といった様々な批判が集中した」そうだ。
では、彼らのいう「偏見」や「誤解」とは一体なのかというのは、決して明らかにされない。それは結局は事なかれ主義でしかないのだ。そういう意味で、この映画は実際に作品として完成し、公開されることでこうした批判を社会から引き出した時点で、ある一定の意味があったんじゃないかと思える。


ただ一方で障害者の表現、とくに身体的表現には、どこかタイトロープなところがあることも否めない。単刀直入に言うと、それは障害者の「表現」なのか、それとも単に障害者を「見世物」にしているのか、と言う点だ。この2つには実は明確な定義はなくて、非常にあいまいなのだ。
以前とりあげた脳性まひブラザーズにしろそうだ。
バラエティ番組がのこす最後のフロンティア〜きらっといきるの偉大なる冒険〜 - 倒錯委員長の活動日誌 バラエティ番組がのこす最後のフロンティア〜きらっといきるの偉大なる冒険〜 - 倒錯委員長の活動日誌
彼らに笑わされているのか、彼らの障害を笑いものにしているのか、それに区別はつけられないのだ。
とくにこの映画については、先の引用部にあるように住田自身、撮影後までストーリーを知らされず、監督に言われるままに演じていたという劇映画として非常に特殊な手法で撮られている。つまり、非常に受け身的に作品に参加している側面もあるのだ。本人も好意的ながら、これを「監督の実験台」と評している。



冒頭で述べたとおりこの作品は住田の強烈な存在感ありきの映画であり、そういう意味で非常に特殊な鑑賞体験といえる。ストーリーは実際のところ説明不足もあって、よくわからない部分もある。


さきほど批判者がいたことを紹介したが、一方でこの映画を内容をとわず無批判に受け入れてしまう人もいるかもしれない。
脳性マヒブラザーズが困惑していたことだが、障害をもつ表現者にとって「感動」とはある意味最大の敵であったりする。表現の受け手は内容に深く踏み入るまえに、表現を「障害を持っているのに頑張っている」という点において、手放しで評価してしまうのだ。
これから観る人は、そうしたフィルターをいったんかっこにくくってから、この映画に臨んでほしいと思う。

セックスボランティア (新潮文庫)

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