いいんちょさんのありゃあブログ

85年生まれ、おうし座、直毛によるブログ。今ここに、ポスト宮根誠司を目指すことを誓います。

誰かを腐さないと誰かを褒めれない人


すでに各所方面から「お、殉死肯定か?」という疑問が呈されているこの投稿。
身を呈して電車にひかれそうなお年寄りを助けようとした横浜の女性も、震災時に命にかえて最後まで避難放送を続けた南三陸の職員も立派ですが、自己の権利を声高に主張する人がいたっていいわけで、これは二律背反しないと思うのですが、どうでしょうか。
だいたい「自己の権利を声高に主張する人」というのが具体的にどんな人を指しているのかわからない。

このあと「もちろん理論的には両立」しているとフォローしてますから、理論的ではなく心情的に上記のような投稿ということになると、よけいアレじゃね?と思うわけです。

ま、どう考えようと勝手なのですが、横浜の女性や南三陸の職員でもない現役の国会議員とされる御仁が「おまえら見習えよ」というのは、本来死ぬほど恥ずかしい悪手なわけです。

当該の事故で亡くなった女性はたいしたもんだ、えらい。これですむはずなのですが、ちょいちょいこうして「いらんこと」を付け加えてしまう人がいるわけです。
ボランティアに置き換えるとわかりやすい。ボランティアする人は褒められてしかるべきですが、ボランティアしない人、なんらかの理由でできない人がマイナス評価されるべきではない、ぼくはそう思うわけです。


それからこのツイートにはもうひとつ、強い違和感がある。
それは、「自己の権利を声高に主張する人」と対置させることで、この女性があたかも自己犠牲において、線路に飛び込んだかのように表現していることです。もちろん、事態はとっさのことで、ましてやもはや本人に聞く術はないし、実際どうだったかはわかりません。がしかし、もしかしたらこの女性も、まさか自分が死ぬとは思わなかったかもしれない。彼女の行動から「自由意志」の要素を排し、ことさら「自己犠牲」にだけフォーカスするあり方に、どこか腑に落ちないものがあるわけです。