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【書評】アンチェロッティの戦術ノート/カルロ・アンチェロッティ・片野道郎 ★★★★☆

アンチェロッティの戦術ノート

アンチェロッティの戦術ノート

セリエAの強豪ACミランを8季にわたり率い、2度のチャンピオンズリーグ制覇などの数々の栄光を手にしたカルロ・アンチェロッティ。本書は『ワールドサッカーダイジェスト』上で連載された彼とジャーナリストの片野道郎氏の対談がもとになったコラムを、一冊にまとめた本。書籍化にあたり大幅に加筆修正されている。


単刀直入にいうと、サッカーファンならば絶対に読んで損はない本だ。
ミランからチェルシーに移籍した経緯や、各シーズンの采配の概説、戦術やポジションの定義、各ポジションの優れた選手、監督の仕事についてなど、サッカーについてありとあらゆることが語りつくされている。アンチェロッティ個人のファンという人は、彼のサッカーについての持論が展開される本書は間違いなく買うべきだろう。

しかし、本書が特筆すべきは、単なる「アンチェロッティファン向けの本」ではないということ。ガチのアンチェロッティファンでなくても、欧州サッカーに興味がある人(評者もにわかだがたぶんこの部類に属する)にとってもおもしろい内容なのだ。
なぜかというと、一つには彼がミランの監督として経験したビッグマッチの多くが、たとえアンチェロッティファンでなくても、ミラニスタでなくても興味深いものばかりということがある。
その一つにあげれるのは、04-05のチャンピオンズリーグ決勝リバプール戦。
イスタンブールの奇跡/悲劇」と称されるこの試合で、ミランは天国から地獄に突き落される。あの90分+延長30分の間にいったい何がおきたのかも、本書では克明に語られている。その内容は、おそらくあの試合に目を奪われた多くのサッカーファンにとって興味深いものだろう。

リバプール戦が象徴的だが、この本をとおして振り返ってみるとアンチェロッティ時代のミランは栄光の歴史ばかりではない。その栄光と同じかそれ以上に衝撃的な挫折も経験しているのだ。ファンにとっては心臓に悪いチームだったんじゃないだろうか。

個人的には、ビッグクラブの監督の視点からワンシーズンの工程を追っていく最終章の「監督論」がおもしろかった。ビッグクラブと弱小クラブでは、シーズン前のトレーニング方法からしてちがうというのだ。野球ではこのようなことはまずないだろう。


また、アンチェロッティファン、ミランファン、もしくは欧州サッカーファンでなくても、もしかすればサッカーにほとんど疎いと言う人にも理解できるようなエッセンスも、本書には含まれている。

監督ならば誰しも自らが理想とするサッカーがあり、そのために必要だと考えているプレーヤーがいる。しかし現実問題として、何もないところから選手を選んで自らが理想とするチームを作り上げることは不可能だ。ひとりの監督にできるのは、自分のサッカー観やメソッドと引き受けたチームの潜在能力をすり合わせて、ベストと思われる解決策を導き出すことである。

pp17.18

ミランからチェルシーに移ったときのことを述懐している文章での発言だ。
どんな職業に入れ替えても通用する文章だろう。頭の中にある理想と、与えられた現実をすり合わせ、できるだけよい結果を導く。それは何も特殊なことではなく、あらゆる仕事で重要なことである。逆に言えば、彼ほどのレベルでも監督業という「仕事」はそういうものなのである。
他にも、監督論の章ではチームのモチベーションコントロールについても語られる。たとえば、アンチェロッティはチームが抱えるフィールドプレイヤー(ゴールキーパー以外のポジションの選手)は20人が理想だという。実はここにも、チームのモチベーションを維持するうえで説得力のある理由が隠されている。気になる人はぜひ手に取ってみてほしい。部下にバロテッリのような問題児がいて頭を抱えている上司の人も、読んでみるといいかもしれない。

文章は論理的で、きわめて平明。訳文くささがほとんどないのは、語りおろしという手法によるものなのだろうか。

この本の刊行後、アンチェロッティチェルシー就任1シーズン目で早くもプレミアリーグを制覇するなど2冠を達成。その後、フランスのパリサンジェルマンに移籍し、2年目にはクラブに19年ぶりのリーグ優勝をもたらした。
彼はかつて揶揄されたような「永遠の敗北者」などでは決してない。アンチェロッティの活躍で、本書にて述べられていることは説得力を増すばかりなのである。