いいんちょさんのありゃあブログ

85年生まれ、おうし座。今考えてることと、好きなこと、嫌いなことについて

【書評】噂の女/奥田英朗 ★★★★☆

みんながAKBの選挙を観ているようだが、うちはテレビ映らないし暇だしそもそも興味ないしということで、USTでも語ったが奥田英朗『噂の女』について書評を書いておきたい。

噂の女

噂の女

内容紹介
美幸って、知っとる? この町のどこか夜ごと語られるは彼女にまつわる黒い噂──。町で評判のちょっと艶っぽいイイ女。雀荘のバイトでオヤジをコロがし、年の差婚をしたかと思えば、料理教室で姐御肌。ダンナの保険金を手に入れたら、あっという間に高級クラブの売れっ子ママに。キナ臭い話は数知れず、泣いた男も星の数――。美幸って、いったい何者? 愛と悲哀と欲望渦巻く人々を描く、奥田節爆裂の長編小説。

岐阜県のどこかと思われる田舎を舞台に、複数の人物の視点を移りながら、糸井美幸という謎の女の輪郭をあらわにしていく短編連作小説。
もうね、横綱相撲なんですよ。「田舎」「短編連作」「群像劇」といえば、奥田英朗のテリトリーといってもいい感じがする。

けれど、本作はこれまでの奥田作品に比べても、いつにも増して田舎の書き方に悪意が感じられる。単刀直入にいうと、ゲスい田舎なのである。実際にここまで田舎って嫌なことだらけかっていったら、そういうわけではないと思う。
本作は田舎の抱えるイヤ〜なところだけをぎゅっぎゅとしぼり、イヤ〜なところだけを凝縮させた(どうもウケたので使いまわせば)田舎のドモホルンリンクルみたいなところがある。「ダルい地方」を描いた作品でいうと、昨年話題になった『ここは退屈迎えに来て』があるが、この地方がダルいどころではない。積極的にイヤな地方、嫌いな地方なのだ。

 会場となった大広間で幹事に挨拶をすると、「よう来てくんさった」と笑顔で歓迎され、上座に座らされた。オジサンたちに囲まれ、えんりょのない言葉を浴びせられる。
「稲越先生の秘書さんはちょっと色気が足らんわな。化粧も薄いし、ミニスカートもはかん」
「何を言っとる。秘書は少しブスのぐれえが丁度ええんやて。美人で色っぽかったら、周りがあれは絶対に先生の愛人やって勘ぐるやろう。稲越先生かて、ちゃんと考えて雇っとるて」
 美里は顔が引きつるのを懸命に抑えた。
「でも若いだけあって、肌はピチピチしとるわね」
「そうや、そうや。尻も大きいし、安産型や」
「あんた、彼氏はおるんかね。おらんかったら世話するよ」
「あ、いえ。いませんけど、結構です……」
 美里は体を引いてかぶりを振った。
「遠慮しとったらアカン。わしらなら、ちゃんと身元の確かな独身青年を紹介したる」
「歳はナンボやな。……二十七? そら早う結婚せなアカン」
 美里は田舎のあけすけな物言いが厭でならなかった。いつかこの町を出て東京で暮らしたいと十代の頃から思っているが、行動力がなくてずっと夢のままだ。
pp285-286

どうだろう、このイヤ〜な感じ。あんたらどんだけセクハラしてんねんという。そしてそのセクハラも、ルパンのやるような可愛げのある種類のそれでなく、なんだか重いんだわ。「リベラル」という言葉から遠く離れた世界で、ストーリーは展開されていく。
作品全体をとおせば嫌な田舎成分は何もセクハラだけではない。狭い世間、狭い組織、狭い家族、偏狭なものの見方にしばられたありとあらゆるイヤな田舎が、展開される。
けどそれは「田舎」だけのことなのだろうか。奥田の描く田舎にはいつも、外側に着る皮をはいでいったら人間には金と性しか残らないということを突き付けられているような気がする。奥田の描く田舎は、金と女という単純な力学で動いているが、それはぼくらの世界とて同じなのかもしれない。
ここまで嫌とくどいほど書いたが、それは実際に自分が味わったとすればの話であり、それをフィクションとして体験すると面白くてしかたないのである。たとえるなら、脱いだ靴下がくさいのをわかっているのに嗅いでしまい、みたいな感じ。


「噂の女」こと糸井美幸は、最後まで自分について深く語ることはない。あくまでも彼女の「噂」だけが人の口づたいに独り歩きする。
こうした噂を主題とする小説の舞台に田舎が選ばれたのも、深い戦略があったように思える。
というのも、田舎という狭い空間では噂の「活きが良い」のである。なぜなら、噂は真偽不明でソース不明のものほど長生きする。もし舞台が都会で、なおかつTwitterFacebookなどのソーシャルメディアを登場人物らが使っていたらどうだろう。ソーシャルメディアがあるならば、彼女の写真は簡単に出回るだろうし、素性も簡単にばれてしまうだろう。都会は情報が拡散するスピードは速い分、噂が長生きできないのである。


また、糸井美幸が「噂」であることは、読者にとってもいえる。
我々読者が、糸井美幸をビジュアルとして知ることはできない。小説というメディアである以上当たり前のことだが、「男好きのする顔」や肉感的な体型という彼女の情報は、永遠に「見る」ことはできない。
だから、この本を読み終わった後、読んだ者同士でまず何について語りたくなるかというと、1番にはやはり「糸井美幸はいったいどのような女か?」なのである。そしてそのような話自体、糸井美幸についての「噂」なのである。


作中では登場人物たちが噂し、読み終わったあとは読者たちが「噂」をする。
田舎を舞台にした小説『噂の女』のキャラクター糸井美幸は、田舎×小説という組み合わせでこそこれ以上になく艶やかにかがやく不思議な女なのである。