- 作者: 奥田英朗
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2002/09/13
- メディア: 文庫
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奥田英朗の『最悪』は、川崎市を舞台に、年齢も境遇も立場もちがう3人の男女がめぐりめぐったあげく、まさに「最悪」な形で出会ってしまう顛末を書いた長編小説。
一人は1つ5円のネジ穴を作って不況をしのぐ小さな工場の社長。
もう一人は、親のコネで入った地銀で窓口業務にあたるOL。
そしてもう一人は、生きる目的を持てずパチンコで日々を浪費し続ける若い男。3者の視点を交互に見せながらストーリーは進行する。
書かれたのが一昔前の99年という時代性は設定に現れていて、とくに零細企業の社長さんあたりをとりあげるのはウマいなぁと思った。当時は平成不況の真っただ中だった。今なら非正規雇用やワーキングプアがとりあげられていただろう。
さきに「年齢も境遇も立場もちがう」と書いたが、評者にはこの小説が3人の登場人物を通して、同じことを書こうとしているように思えた。いや、もっといえばこの小説はきわめて特殊な状況を描きながらも、誰もが体験するようなもっと普遍的な「何か」を描こうとしている。その「何か」とはなにか。
それは、巨大なピラミッドの末端にいる者に、末端にいるがゆえにふりかかってくる「理不尽な災厄」だ。
工場の社長は、末端であるがゆえに、彼の巻き込まれたトラブルを誰も解決してくれない。反面、彼は上の方で起きたトラブルの尻拭いに駆り出される。
OLは、末端であるがゆえに、彼女の受けた精神的ダメージを彼女の預かり知らない上の方での権力闘争に利用される。
若い男は、末端であるがゆえに、組織でのし上がろうとする別の「末端者」による醜い裏切りにあってしまう。
3者を通して描かれるのは、まったく異なる状況のようでいて、実は同じ末端の者に降りかかる災厄の、別の様態なのだ。
そんな3人がついに出会い、事態は大きく動く。
もっとも、読みながらさあここから満を持しての「最悪」の場面なのだが、ここからクライマックスまでは少し「コミカル」でさえある。これは、あまりに最悪な状況は悲劇を通り越して「悲喜劇」になってしまったということなのかもしれないが、それと同時に、前半から中盤にかけての3者それぞれの状況の方が、あまりに孤独でかわいそうだったからかもしれない。読者からすれば、本作の中で互いが互いの状況を分かり合えるような人物は、この3人しかいないのだ。
キャラクターの紋切型はいなめない。とくに外資に勤める近隣住民のキャラ設定はあまりに定番すぎて笑うほかないが、「エンターテイメント」の中に紋切型はきっと含意されているわけで、これぐらいがいいだろう。
約650ページ、十二分に楽しめるエンタメ長編だ。