いいんちょさんのありゃあブログ

85年生まれ、おうし座。今考えてることと、好きなこと、嫌いなことについて

【映画評】リンカーン ★★★★☆



遅ればせながら観てきた。
アメリカの歴代大統領の中でも屈指の人気を誇るエイブラハム・リンカーンの生涯のうち、再選後の奴隷制度廃止をしるした修正13条を議会で可決させ、南北戦争終結させ暗殺されるまで(これはさすがにネタバレじゃねーだろ)を描いたスピルバーグによる伝記映画。

この映画ではゲティスバーグ演説は直接的には描かれない。かの有名な「ばいざぴーぽー」の演説は、リンカーンについてのトピックの中でも1、2を争う人気の「サビ」の部分であり、え、そこを直接的に描かないの?大丈夫?と思うでしょ?でしょ?
この映画はゲティスバーグ演説を直接的に描かないけれど、直接的に描くよりもっと効果的に、もっと感動的に演説を再現する。これが映画冒頭シーンなので、まだ観ていない人はぜひ最初から身構えておいてほしい。静かに、けれど打ち震えるようなニクい演出において、観客は「ゲティスバーグ演説」を聞かされることになる。


公開前から話題になっていたが、ダニエル・デイ=ルイスリンカーン。彼のリンカーンにはオーラがある。劇中、幾度となくジョークなのかマジなのかわからない教訓めいた話を周囲の人間に聞かせるのだけれど、その間のとりかた、抑揚のつけ方など、ただならぬものを感じる。

しかも似すぎなのである。今回、リンカーンの後頭部から舐めるように彼の横顔を撮るカメラワークが幾度となく多用されているが、それは作り手たちもこの横顔の「出来」によほど自信をもっているからだろう。最近だと『ヒッチコック』で本来似ても似つかぬアンソニー・ホプキンスヒッチコックに接近していたが、近年の特殊メイク技術の進歩を驚くところがある。
ただ、個人的には似すぎもどうなんだろうと思うところがある。元の俳優の顔が原型をとどめないくらいの顔になったら、はたしてそれでも演技といえるのだろうかという気がするし、あまり似せることに執着するのは、どこか滑稽にもうつる。


さて、これは南北戦争の作品でもあり、事実どろ臭い白兵戦のシーンから幕は開くが、不思議と戦争映画という印象は残らない。いうならばこの映画は「民主主義映画」である。
この映画においてリンカーンが執着するのは、ほとんど憲法の修正13条の可決一つといっていい。リンカーン奴隷制度の存続に頑なな民主党をどう切り崩していくかに物語は集約される。
そこでは、ややダーティな方法も躊躇なく使われる。今でいう「天下りの斡旋」に近いことだ。さらにもう一つ、リンカーン奴隷制度撤廃のために南北戦争終結を遅らせたようなところがあるのだ。
汚い手をつかい、戦争を長引かせ戦死者を増やしてまで、なぜに彼は奴隷制度撤廃に邁進するのか。ここにはリンカーン自身にとっての「民主主義とは本来こうあるべき」という信念があった。その信念については、ぜひ劇場で。ちなみに、むかし柄谷行人も民主主義について同じことを述べていた。


さて、そんな映画で奴隷制廃止をなしとげる上で重要な役割を演じたのが、トミー・リー・ジョーンズ演じる共和党の急進派スティーヴン議員。
なぜに彼がそこまで奴隷制廃止にこだわるのか。その真相は、採決によって修正案がとおったあとに明かされる。ここにも冒頭のようなニクい、非常に粋な演出がなされている。
ぶっちゃけ奴隷制撤廃という大団円でも、それはそれで感動的だっただろうけど、一般的すぎてすこし押しが弱い。スピルバーグを凡百の監督と分かつのは、やはりここで「個人的な事情」を演出にまぶすところだろう。少なくともぼくの観た回の上映では、すべての真相がわかったとき、暗闇でいくつもの鼻水をすする音が聞こえた。


この映画は「言葉」の映画でもある。イーストウッドネルソン・マンデラを描いた『インビクタス』にも感じたことだが、海外においては政治家とは言葉を操る仕事であり、言葉によって人の考えを変える仕事となっているのだと思う。
この映画でもリンカーンは何人もの人間の心を動かした。
現代の日本の政治家の中に、彼の1/100でも人の心を動かす言葉の使い手が、はたしているだろうか?