いいんちょさんのありゃあブログ

85年生まれ、おうし座。今考えてることと、好きなこと、嫌いなことについて

【書評】たくらむ技術 ★★★★☆

近頃ツイッターでたびたび情報が流れてくるので、気になって手に取ってみた本。

たくらむ技術 (新潮新書)

たくらむ技術 (新潮新書)

本書は、攻勢きわめる今のテレビ朝日の看板番組といえる「ロンドンハーツ」と「アメトーーク!」を手がける加地倫三プロデューサーによる新書だ。
読み始めてすぐ、「こりゃ売れるのもわかるわ」と思った。
タイトルは『たくらむ技術』とあり、一見企画書の書き方やプレゼンのやりかたという技術的な領域の本なんじゃないかと思わせるが、そうではない。もちろん企画の発想法なども語られるが、本書の射程はもっと広く、彼が手がける2大バラエティを中心に、編集の仕方や、キャスティング、ひな壇の並び順、さらにはお笑い芸人の素顔まで、お笑いに関するありとあらゆる話題が語られている。テレビのバラエティ番組に興味ある人なら、まず手にとって損はない内容だろう。
テイストとしては、NHKプロフェッショナル 仕事の流儀」を思い出してもらいたい。TBS系「情熱大陸」の自分語り系なニュアンスも若干入るけど、それ以上に、仕事術の披露にウエイトを置いているという点で、ちょうど「プロフェッショナル」の"新書版"といえなくもない。あとがきを読んでいるとき、ぼくの脳内ではスガシカオが再生された。


この本を読むと、「アメトーーク!」がなぜ面白いのかの一端が、なんとなくわかるような気がする。
例えば筆者は、番組の企画段階では、今の世の中で何が流行っているか、というようなことは意識的には取り上げないのだそうだ。

 番組作りに関して言えば、積極的に流行を取り入れたいとか、最新情報をインプットしようとかいった気持ちが全くないです。そもそも、そうする必要を感じていません。
 (中略)
 それはその情報なり企画なりが自分のものになっていないからです。自分の感情や実感をともなっていない、本気で面白いと思っていない、と言うべきですしょう。
 視聴者を過剰に意識して、トレンドや最新情報をいくら仕入れたところで、自分自身が「面白い」という強い感情を持たない限り、番組で活かすことはできないし、どうコントロールしていいかも分かりません。
 新しい情報を追うよりも、気の合うスタッフたちとの雑談で「それ、面白いよ」と盛り上がったテーマを深く掘っていくことの方が、「生きた企画」につながると思っています。実際に、「ロンドンハーツ」も「アメトーーク!」も多くの企画はそういう形で生まれています。

pp.35-36

アメトーーク!」でいうと、例えば東野幸治の提案で実現した「どうした!?品川」という名企画は、それまでほかのどの番組でもやっていなかっただろう。
けれど、まったく突飛で意味不明な「絶対予想がつかない」ような企画ではない。
そのどちらでもない中間、視る前にタイトルを聞いただけで「これは絶対面白くなる!」とワクワクしてくるような企画なのだ。そういう企画が生まれるのは、何を隠そう企画段階から作っている人たち自体が面白がっているからに他ならない。

「今ウケている要素とタレント」を並べると、企画が通りやすいという事情もあるのでしょう。(中略)
しかし、現実に、そういう手法で作った番組が狙い通りに視聴率を取れるかと言えば、決してそうとは限りません。その理由は、ヒット企画の持つ「本質的な魅力」を捉えきれていない場合が多いからでしょう

p.46

「どうした!?品川」の起源は、品川庄司の品川が有吉宏行におしゃべりクソ野郎と名づけられた通称「おしゃクソ事変」にまでさかのぼる。
おしゃクソ事変」そのものは、有吉が突発的に言い放ったイレギュラーな事態であって、番組が意図したものではない。
けれど、品川を「おしゃべりクソ野郎」とイジることが「あり」だと判断し、さらに有吉のあだ名付けのセンスをピックアップしたのは、まぎれもなくこの番組である。
「おしゃくそ事変」の「本質的な魅力」を把握し、それをどう料理するのが最良なのかをもっとも熟知するのは、誰にもまして「アメトーーク!」という"オーサー"だったのである。
アメトーーク!」は、「おしゃくそ事変」というファーストインパクトのあと、それの最良としかいいようがない発展形としての「どうした!?品川」というセカンドインパクトを叩き出した。
そこまでのプロセスは、加地さんがこの本で書いていることを例証しているように思えてならない。


最後に私事。読みながら考えていたのだけど、ぼくは今までこの本を意識的に避けていたのかもしれない。
というのも、子どもの頃から大のテレビっ子で、サラリーマンになるのは嫌だけど、もし就職するなら絶対にフジテレビだ!とまで思っていた人間なのだ(なぜフジテレビなのかというのも、書で大方語られている)。
結局その夢は就活という難攻不落の前に阻まれて叶えられず、紆余曲折あってニート、さらに今に至るのだが。


だからこそ、衒いなく「(テレビの仕事は)めっっっっっちゃ面白いよ」と言い切ってしまえる加地さんが羨ましくて仕方がない。彼の実力と努力があるからこそ今の地位があるんだということは百も承知だけど、それでもそう思ってしまう。
それだけに、ぼくのような人間にとっては、少々残酷な本かもしれない。
反対に、これからテレビ局を受けるという就活生にとっては、大量のエントリーシートに埋れて諦めかけていた想いが、息を吹き返す一冊になるかもしれない。



どこかのアイティージャーナリストが、「テレビは終わった」なんて言っていた。
ぼくは、んなわけあるかい、と言いたい。
あの四角い光の中で、面白いことをたくらむのが大好きな人たちが、本気でたくらんだ面白いことを演り続けるかぎり、あの光が消えるわけないのである。