いいんちょさんのありゃあブログ

85年生まれ、おうし座、直毛によるブログ。今ここに、ポスト宮根誠司を目指すことを誓います。

【書評】紅葉街駅前自殺センター ★★★☆☆

紅葉街駅前自殺センター

紅葉街駅前自殺センター

昨年6月に大阪府で起きた通り魔事件の犯人が「人を殺せば死刑になると思ってやった」と供述していることに対し、某府知事の「『死にたい』と言うんだったら自分で死ねよと。人を巻き込まずに自己完結してほしい」と発言したことが、物議を醸した。先日刑が執行された死刑囚も、自分で死ねないから殺したという旨の発言をしていたことは記憶に新しい。

このように「死にたい」という衝動は、場合によっては無関係の人に多大な危害を加えてしまうことだってある。自死は他人にとっても「危険」な場合があるのだ。
そんな自殺がもし、国の管理下におかれたなら――第8回新潮エンターテインメント大賞受賞の光本正記『紅葉街駅前自殺センター』は、そんな架空の近未来を描いた長編小説だ。


まず、この自殺センターというアイデアがおもしろい。
現実の自殺は、実行されるまで他人には明かされない。バレたら止められるに決まっているし、もし自殺を勧めでもしたら勧めた側が罪に問われるかもしれない。現状、日本で自殺は、実行されるまできわめて「私秘的」な営みになっている。
けれどこの自殺センターでは、心中でもなく、またネットで募った自殺希望者でもない全くの第三者が、事務的に自殺に立ち会うことになるのだ。
しかも、自殺センターに行ったからといってすぐに自殺させてもらえるわけではない。考え直す期間として、自殺決行までは5回に及ぶ面談が必須なのである。
自殺は本来きわめて「私秘的」で、しばしば衝動的な営みのはずなのに、それを国が段階をおいて管理するなんて――この作品のユニークさはここにある。

ちなみに、作中ではこの自殺センターが設立されるきっかけとなったある事件も描写されるのだが、これがまた意外と説得的で笑える。なんというのだろう、いかにも日本人的で、「イヤ〜な日本人らしさ」が漂っていて、非常によい。


物語は、主人公「僕」視点で進行する。コピーライターを辞めて現在無職の「僕」は、あることをきっかけに生きる意味を失い、自殺センターに行くことを決意する。彼が自殺を望む背景にいったい何があったのかは、自殺センターでの「面談」が回を重ねていくうちに明らかになっていくのだが、そんな中で重要な意味を持つのが、彼がたびたび見ることになる「白い夢」だ。
実はこの作品、書籍化にあたって『紅葉街自殺センター』になったが、改題されるまでのタイトルこそが、この「白い夢」だったのだ。つまりそれくらいこの夢と、それが象徴しているファンタジックな要素は、「自殺センター」という設定とは別にこの作品で大きなウェイトを占めているのである。


結論から言うと、「自殺センター」という設定と、この「白い夢」の要素は、かなり食い合わせが悪いように感じた。
というのも、当たり前ながら生死というのは不可逆的であって、自殺というのは実行されたら本来は取り返しのつかない重大な決断のはずなのである。そこに「自殺センター」という不条理な「制度」がぽんと存在する、それだけで十分だったはずだ。それに対して、この「白い夢」に象徴される超自然的、ファンタジックな要素をぶつけることは、マイナスにはなれどプラスにはなっていない。
後半に進むにつれて徐々に強まっていく人情話めいたムードも、個人的にはあまり好きではない。ただ、これはぼくの「口に合わなかった」だけで、もしかしたらこういうの――「セカチュー」や「いま、会いにゆきます」的な何か――がお好みの人は、好きになるかもしれない。


本作を読んだ某後輩が言っていたことでなるほどと思ったのだが、この作品はオムニバス形式の方が水が合っていたかもしれない。全国に47つもの自殺センターがあるのだ。きっと、様々な人が来るのだろう。
たとえば、自殺センターにたびたび来るけど、毎回途中で踏みとどまってしまう「リピーター」がいたらどうなのか。あるいは、職員の家族が自殺センターに訪れたら職員はどういう反応をするのか…などなど。自殺センターという設定の可能性を、もっと現実的な描写に、もっと淡々と描いていった方が面白かったんじゃないだろうか、と感じた。


何はともあれ処女作だそうなので、次回作に期待したいと思いますた。