いいんちょさんのありゃあブログ

85年生まれ、おうし座、直毛によるブログ。今ここに、ポスト宮根誠司を目指すことを誓います。

三島由紀夫がひとつだけ教えてくれた文章術

 三島由紀夫の『レター教室』という読み物がある。「読み物」とぼかすのも、これがなんとも不思議な類のものだからで、「レター教室」(文章読本)とは断っているものの、この本編ではどこをどう参考にしろというのは一切触れられず、5人の男女による文通のやり取りだけが延々と続く。読者は途中で気づくことになる、これは形を変えた「小説」なのだと。

 しかし、巻末で「作者から読者への手紙」と題した「作者の三島」の設定で書かれた章が設けられていて、実はそこが一番文章読本っぽく、参考になる内容だった。

◆ 読み手が文章に注目する4つの理由

 手紙を書くときには、相手はまったくこちらに関心がない、という前提で書きはじめなければいけません。これがいちばん大切なところです。
 世の中を知る、ということは、他人は決して他人に深い関心を持ちえない、もし持ち得るとすれば自分の利害にからんだ時だけだ、というニガいニガい哲学を、腹の底からよく知ることです。

 これを前提に、三島は「手紙の受け取り手が、受け取った手紙を重要視する理由」として、次の4つを挙げている。

「大金」「名誉」「性欲」「感情」

 最初の三つまではよくわかる。「所詮この世は色と欲」ではないが、三つ目までが含まれた文章というのは、わかりやすいインセンティブが読者の側にあるからだ。広告などはみんなこれに該当するだろう。三島もこの三つまでなら「文例もお手本もまったく不要、どんな悪文でも目的を達することができます」と書いている。

 三島が困難をつきつけるのは、4つ目の「感情」だ。

◆ 現代における「感情」の文章=ブログ

 感情というのは文章では伝わりにくい。
 これは多くの人が体験から実感したことあるのではないだろうか。
 というのも、よくよく考えてみたらこの感情と一番結びつく文章の最たるものが、現代では数多ある個人ブログだからだ。
 日々の暮らしで起こった出来事についての喜怒哀楽をつらつらと綴るブログでは、感情を言葉では簡単に書き表せても、それが読み手に伝わるかどうかはまた別問題。
「感情」を持って読み手を引き付けることが、実は一番難しい。

 通り一ぺんのお礼の手紙なら、必ずしも感情に訴えなくてもいいわけで、どうせ第一や第二と関わりがあるのだが、言葉でもって、言葉だけで他人の感情を動かそうというのには、並々ならぬ情熱か、あるいは、並々ならぬ文章技術がいるのです。

 では、三島はそうした文章を通して感情を伝えるための、なにか具体的な方策を用意してくれているのだろうか。

◆ 「他人は私に(私が思っているほど)関心がない」ことを前提にして書く

 世の中の人間は、みんな自分勝手の目的へ邁進しており、他人に関心を持つのはよほど例外的だ、とわかったときに、はじめてあなたの書く手紙にはいきいきとした力がそなわり、人の心をゆすぶる手紙が書けるようになるのです。

 冒頭でも同じような文を引用したけれど、実はこの文章の中で三島はそうした「感情」にまつわる文章技術やその向上について、教えてくれるのはただ一点、「他人はお前に(お前が思っているほど)関心がない」ということ。それ以外、なにか具体的なことを言ってくれているわけじゃない。ここでいう「例外」とは、有名人など、文章の欄外ですでに興味関心を読者に持たれている人のことと言えるだろう。そうでない一般人の僕らに対して、彼が強調しているのは、やはりこの一点につきる。

 
 一見心もとないけど、実はこれだけでいいのかもしれない。
 

 世の中には数多の文章執筆法、その手のマニュアル本が氾濫している。ネットでもその手の書き方マニュアルのような記事への注目度は、ひときわ高い。

 僕自身も、読んでみてなるほどなーと思わされるものがいくつもある。
 けれど、それらをいざ実践しようとおもったとき、不思議と上手くいったためしがない、あるいはなかなか身につかなかった、というのは僕だけだろうか。


 ここで、マニュアルというのがまずマニュアルを編み出した本人にとって最適な答えなのであって、マネした万人の文章がそれによって向上するわけではない、という単純な事実に行きつく。結局文章の書き方なんて人それぞれに癖や勝手があって、それを無暗にやたらと矯正したって向上するかはわからない。


 それよりかはやはり、自分の好きなように書いてみることが一番。ただそんな中でも、一見消極的なこの「他人はお前に(お前が思っているほど)関心がない」という忠告だけでも念頭に入れて書くのは、少なからずプラスに働くだろう。


 もっとも、大切なのはその先。「他人は私に(私が思っているほど)関心がない」ことを前提にしながら、そこからいかに他人の関心を想起させていくか、その人なりの工夫やコツを編み出していくことだ。文体だとか議論の展開だとか、いろいろあるだろうが、それを編み出せるかは個々人の努力次第。その一点をおさえて、あとはやみ雲に努力していくしかないんじゃないだろうか。