いいんちょさんのありゃあブログ

85年生まれ、おうし座、直毛によるブログ。今ここに、ポスト宮根誠司を目指すことを誓います。

「適齢レス」な社会

高齢者 覚醒剤の“運び屋”に
2月17日 0時44分


高齢者に海外から覚醒剤を運ばせ、成田空港に密輸入させたとして、無職の男ら3人が逮捕、起訴されました。警察は、ハローワークの近くで高齢者に声をかけるなどして運び屋に仕立てる手口で、覚醒剤の密輸入を繰り返していたとみて、調べています。


逮捕、起訴されたのは、東京・新宿区の無職、山根裕治被告(56)ら3人です。起訴状などによりますと、3人は、去年7月、70代の女性にタイから覚醒剤およそ5キロを成田空港に密輸入させた罪に問われているほか、山根被告ら2人は、去年10月、すでに起訴されている70歳の女にマレーシアから覚醒剤を密輸入させた罪に問われています。警察の調べによりますと、3人は、都内のハローワークの近くで高齢者に声をかけ、「海外から荷物を持ち帰れば報酬を支払う」などと持ちかけていたということで、3人のうち1人は、「高齢者なら空港で荷物を検査されにくいと思った」と供述しているということです。警察は、ほかにも複数の高齢者を運び屋に仕立て、覚醒剤の密輸入を繰り返していたとみて、調べています。


記事にあるとおり、「70歳の女」が運び屋としてリクルートされたのは、「高齢者なら空港で荷物を検査されにくい」からだろうと推測される。多くの人が持つだろう「まさか高齢者女性が覚醒剤の運び屋をやるはずない」という先入観を、カモフラージュの一つとして利用しようとしたということになる。


覚醒剤の運び屋」だけではない。世の中には自分の知らないうちに、先入観によって生まれた「適齢」が散在する。



数年前に見たCMの衝撃が今も忘れられない。
いくら探しても動画がないのでうろ覚えのままに書く(知っている方がいましたら、教えてください)。話は単純で、これからあと数年したら4人に1人は65歳以上の高齢者になるというナレーションとともに、映像では女性がロッカールームで看護服の支度をしている。おそらくその女性は、「看護する側」というよりもむしろ「看護されている側」として馴染みのある年齢の、いわばおばあさんだった。そのことが何よりも衝撃的で、中学か高校時分だった僕は、「あぁ、高齢社会ってこういうことを言うのかぁ」と、強く思ったことを覚えている。


これは視覚的な衝撃度を高めるためのある種の演出だったのかもしれない。けれど、実生活を振り返ってみても、近年ではファミレスのホールにしたってコンビニの店員にしたって、アルバイトの年齢層は幅広くなってきているという印象が強くある。アルバイトはもはや、「若い人がすること」ではなくなってきているわけだ。


原因にはもちろん、医療の発展による平均寿命の延伸、そして不況があるだろう。
65歳で退職して、余命があと15年あると考えたら、それまでのんびりと暮らしていけるだけの貯蓄が年金も含めてあるという人が、それほど多いと僕は思えない。現に冒頭で引用した事件も、おそらくはハローワークに通う人を待ち伏せしていたのだろう。現代では「適齢」になればリタイヤでき、「適齢」になれば子供や孫に囲まれて手厚く扱われることが、なにも「普通」ではないし、「適齢」でもなくなってきているのだ。結婚・出産はその最たるものだ


おそらく、これからはどの領域でも「適齢」が成り立たなくなっていく「適齢レス」な方向に、社会が向かっていくだろう。



では、社会が「適齢レス」になっていくことは、はたしていいことなのだろうか、悪いことなのだろうか。
どっちつかずの答えだが、いいこともあるし悪いこともある、としか言いようがない。


いいこととしては、いろいろな自由が生まれるということがあげられる。これまでは「適齢」という心理的抑圧が、あらゆる活動の参入障壁になっていた可能性がある。例えば、日本の大学は今でも、年齢による恐るべきバイアスのかかった「若者社会」だ。全人口のうち18〜22才というたった4年の層だけを抽出して成り立っている。人文系や一般教養では、カルスタやポスコロといった「価値観の多様性」を謳う左翼的なカリキュラムが存在するが、大学自体が若者のみが闊歩するひどく一元的な社会でもあるのだ。その点で、大学はもっと「適齢レス」になり、何歳からでも入学できるよう、その心理的障壁を取り払うべきだろう。


一方、悪いこととしては、「年相応」という「型」がなくなってしまうことの生きづらさがあげられるだろう。「年相応」というのは、言い換えればこれまで確認の「ロールモデル」として機能してきた。「20代らしさ」「30代らしさ」「40代らしさ」……そんな風に、「年相応」を参照項にすることができなくなる。日曜にテレビの前で寝転んでいるのが「中年のおっさん」らしくなくなれば、それまで「おっさん」に居直っていた「中年男性」は、それはそれで面倒なことになっていくだろう。



しかしそれでも、僕は基本的に社会が「適齢レス」になっていくことに賛成したい(冒頭の犯罪なんてのは御免だけど)。
何歳になろうと、働きたいなら働いて、大学に行きたいなら大学に行って、セックスがしたけりゃセックスをする。僕はそういった潮流には与したい。なによりもその方が、僕自身がおじいちゃんになったときに楽しそうだ。



だが、僕がここで一番言いたかったのは、「童貞卒業」だってたぶんそのうち「適齢レス」になるんだから、童貞は30歳になったら無条件で魔法使いになれるだなんて思うなよってことだったのだ。


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